なぜ「革の定義」が必要なのか
革は、生活や産業に深く根付いている天然素材です。
何をもって革とするかについて、人や国によって認識が異なると、日常生活や貿易取引などで様々な齟齬が生じかねません。
たとえば、革(天然皮革)と表示されている製品を購入したものの、どうもこれは革ではないようだといったことが起こると、トラブルのもとになります。
革は工業製品でもあり、取引の対象になるため、どんなものが革であるのかが様々な規格で定義されています。
今回は、世界の基準となっている国際標準化機構の定義をベースに、本物の革が満たすべき要件を解説します。
国際標準化機構による革の定義
最も基本的な定義に、国際標準化機構(以下「ISO」)による革の定義があります。
ISOは、革に限らず様々な製品、サービス、プロセス、材料、システム等について国際的な基準(ISO規格)を制定しています。
日常生活にはあまり馴染みがないですが、何かの折にISO 9001(品質管理)、ISO 14001(環境管理)、ISO 27001(情報管理)といったアピールを目にしたことがある方は多いと思います。
ISOは2025年現在で174か国の国家標準化団体が加盟しており、ISOが定める「革」の定義に準拠していれば、ほぼ世界中どこでも「革」として通用します。
以下は、ISOが定める革の定義です。
leather
<material> hide (3.48) or skin (3.88) with its original fibrous structure more or less intact, tanned to be imputrescible, where the hair or wool may or may not have been removed, whether or not the hide (3.48) or skin (3.88) has been split into layers or segmented either before or after tanning (3.97) and where any surface coating or surface layer, however applied, is not thicker than 0,15 mm
hide or skinに5つの修飾がかかっている構造です。したがって、この定義のポイントは以下の6つに整理できます。
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hide or skin(動物の皮であること:一般的に海外では大きな皮はhide、小さな皮はskinと呼ばれます)
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with its original fibrous structure more or less intact(元の線維構造が多少とも保持されていること)
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tanned to be imputrescible(腐敗しないように鞣されていること)
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where the hair or wool may or may not have been removed(毛や羊毛は残っていても、いなくてもよい)
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whether or not the hide or skin has been split into layers or segmented either before or after tanning(複数の層あるいは部分に分割されていてもよい)
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where any surface coating or surface layer, however applied, is not thicker than 0,15 mm(表面に人工的な層あるいはコーティング等を適用する場合は、その層が0.15mmを超えてはならない)
また、これに加えてISO規格の定義には3点の注記がつけてあり、それぞれ以下のような内容になっています。
注1:粉砕・再構成された素材は革ではない
注2:銀面層を完全に除去したものは限定用語が必要
注3:動物由来であることが必要
したがって、上記本文から得られる6つの要件と注記3つの要件、合計9つの要件をすべて満たすものが革と定義されます。
ISO規格以外にも、各国、各団体が取引の安全や消費者保護のために、革についてさまざまな独自の規格を定めています。
しかし、ISO規格は国際的な基本とされているため、各規格はISO規格と整合性を図る必要があり、ISOによる定義をベースにしています。
より具体的な規格について、日本産業規格(JIS)、EU規格(EN)を見てみましょう。
日本産業規格(JIS)は我が国でもおなじみの規格で、JIS K 6541:2024に革の定義があります。これは上記の通りISO 15115:2019を対応国際規格としたMOD(修正)採用で、内容としては、ISOの革の定義を国内向けに少し修正したものです。
以下は、JISによる革の定義です。
皮本来の繊維構造をほぼ保ち、腐敗しないようになめした動物の皮
本文はあっさりしていますが、注釈が5つついています。以下がその注釈の内容ですが、内容は概ねISO規格を踏襲するものです。
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毛は除去したものも,残っているものもある。
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仕上げ塗装,又は表面層を付与したものは,仕上げ塗装,又は表面層の厚さが 0.15mm 以下のものを革(レザー)という。
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革(レザー)を機械的,又は化学的に繊維状,小片又は粉末状に粉砕し,樹脂などの使用の有無にかかわらず,シート状などに加工したものは革(レザー)とはいわない。
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“天然皮革”又は“本革”ともいう。“皮革”という用語も使用されるが,“皮革”は“皮”及び“革(レザー)”を総称する用語である。
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“革(レザー)”及び“皮革”という用語の使用は,ここで定義されたものだけに使用してもよい。この規格に規定されたものを除き,人工的な材料の名称として使用してはならない。
4つ目は日本語の「皮」と「革」の混同に関する用語法に関するもの、5つ目はいわゆる人工皮革を革の範疇から明示的に排除する趣旨です。
最後に、欧州規格(EN)を見てみましょう
hide or skin exclusively of animal origin, with its original fibrous structure more or less intact, tanned to be imputrescible, where the hair or wool may or may not have been removed, whether or not the hide or skin has been split into layers or segmented either before or after tanning and where any surface coating or surface layer, however applied, is not thicker than 0.15 mm.
こちらも、ISO規格をほぼ踏襲しています。
革であるための8つの要件
これまでISO、JIS、ENによる革の定義を見てきましたが、含まれる要件を漏れなくダブりなく列挙すると、概ね以下の要件を満たすものが「革」といえます。
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動物由来であること
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人工的・合成的に製造されたものでないこと
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本来の線維構造を概ね保持していること
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粉砕・繊維化・再成型されていないこと
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腐敗しないように鞣し処理されていること
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鞣しの前後で(水平)に分割されていてもよいこと(ただし限定語が必要)
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毛の有無は問わないこと
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表面層・コーティングの厚みは0.15mm以下であること
革の要件に当てはまらない素材・きわどい素材
上の要件を満たすものが「革」とされていますが、市場には要件を満たさないにもかかわらず「革」として売られているものを目にすることがあります。
以下は、革に当てはまらない例やきわどい素材について、具体的な要件と照らし合わせて解説します。
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「再生皮革(リサイクルレザー)」や「ヴィーガンレザー」
これらは要件3(線維構造)、要件4(破砕等の有無)に関わります。
近年よく見かける「再生皮革(リサイクルレザー)」は、革の端材や屑を粉砕し、樹脂で固めてシート状にしたものです。
これはJIS規格でも「皮革繊維再生複合材」と定義されており、革ではありません。
ENでも革の定義から外れ、欧州の皮革業界団体(ContanceやLeather Naturallyなど)は「Recycled Leather」表示はミスリーディングだと主張しています。
「ヴィーガンレザー」には多くの種類のものが見受けられますが、基本的に動物由来の原材料を使わずにつくられた、いわゆる合成皮革のことで、革ではありません。
ちなみに、この他にサステナビリティやエシカル消費を連想させる革の名称に「エコレザー(日本エコレザー)」がありますが、これはれっきとした革です。
日本の業界団体であるNPO法人日本皮革技術協会と一般社団法人日本タンナーズ協会が定める日本エコレザー基準(JES)に適合した革のことで、プロダクトライフサイクル全体で比較的環境負荷を減らすことに配慮し、環境面への影響が少ないと認証された革です。
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鞣されていない皮
これは要件3(不朽化)に関わります。
動物の皮であっても、腐敗を防ぐための鞣し処理を経ていないものは「革」ではありません(鞣す前の「皮」と鞣した後の「革」は区別されています)。
たとえば、和太鼓の打面に使われる皮や犬のおやつとして売られる「皮」は、張力や伸縮性・弾性をそのまま活かすほうが都合がよいため、鞣さずに乾燥・加工したものですが、「革」の定義からは外れます。
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水平分割された革(床革)
これは要件6(水平分割)に関わります。
動物の皮は不均一な厚みがあるため、鞣しの前後で水平に分割され、薄く調整されます。この工程はスプリッティングと呼ばれ、革は銀面(体表側の層)と床面(肉面側の層)に分割されます。そして後者は「床革」と呼びます。
床革はスエードやベロアなどに加工されます。
広義では「革」といえますが、ISOの注記2に「銀面層を完全に除去したものは限定用語が必要」とあるように、銀面が残る狭義の「革(Leather)」と区別するため、「床革(Split Leather)」と呼ばれています。
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強度の加工を経た革(「エナメルレザー」など)
これは要件6(コーティングの厚み)に関わります。
皮は鞣されたあと、塗装やコーティング、型押しなどの仕上げ工程を経て革になります。
仕上げ工程では、革の表面に樹脂層などを形成することがあります。
たとえば「パテントレザー(エナメルレザー)」はその光沢が魅力で、靴などによく用いられています。
しかし、表面の樹脂層の厚みが0.15mmを超えてしまうと、国際規格上は「革」とは呼べなくなります。
厚すぎると、革本来の吸湿性や柔軟性といった特性が失われるため、0.15mmという数値が、天然素材としての革の特性を保つための最終的な境界線とされているのです。
仕上げ層の厚みは防水性、防汚性とのトレードオフともいえますが「革(leather)」の定義という観点からはグレーなものが多いです。
まとめ
革製品を選ぶ際にISO規格を逐一気にする人はいないと思いますが、「これは本当に革なのか?」「なぜこの価格なのか?」といった疑問が浮かんだとき、この8つの要件がまずチェックポイントになります。
そんなときは、革の定義の知識が、単なるラベルや価格に頼らず素材そのものを見極める一助となり、もの選びがより楽しく納得のいくものになるのではないでしょうか。