明治の開港によって活況に湧く神戸港。
その発展を目の当たりにし、未来の可能性を直感した一人の青年。

小石川の書生だった大岩宇吉は、単身で神戸へ移り住み、1892年に「合名會社大岩商會」を創業しました。これが、当社の原点です。

　創業当初の主力は、船旅のためのキャビントランク。
堅牢で信頼性が高く、神戸港から世界へ旅立つ人々にとって、欠かせない旅の道具でした。

　私たちのものづくりの根底には、港町の躍動と、遠い世界を目指す人々の冒険心が息づいています。

　1913年には靴製造も開始し、宇吉は島根県での金銀銅の採掘など、事業の幅を広げながら、趣味の風景写真や朝鮮半島での狩猟を通じて自然や旅に触れ、そこで得た視点を鞄づくりに反映していきました。

　旺盛な探求心と挑戦を恐れない姿勢は、創業期から続く私たちの精神そのものです。

　1930年、事業拡大にあわせて「合名會社大岩商店」へ改編。

　大連や天津から資材を輸入し、大阪に構えた三つの専属工場では数百名の職工がキャビントランクなどを製造する体制が確立されました。

大量生産ではなく、安定した品質を世界へ供給するための投資でした。

　やがてキャビントランクは「象印の鞄」として広く知られるようになり、帝国陸海軍の著名な将校の特注品を手がけるなど、確固たる信頼を獲得します。

　1939年には、さらなる発展と有限責任化を目的に「合名會社大岩商店」を清算し、「株式會社大岩鞄店」へと組織変更。

　この時代に培われた“揺るぎない品質への追求”は、現在まで続く当社の基盤となりました。

　終戦後、大岩宇吉の娘婿である大上福太郎が復員し、荒廃した事業の再建にあたりました。

福太郎は淡路島出身で、戦前は大岩家で丁稚として働いていた人物。
登山を愛し、座右の銘は「努力」。厳しくも明るく、誠実でひたむきな性格が、人々に親しまれました。

　1948年、屋号を「大岩鞄店」から「大上鞄店」へ改め、事業を再スタート。

本社や工場の多くを失いながらも、従来の事業体をそのまま引き継ぎ、象印のキャビントランクや鞄、革小物、ハンドバッグの製造と販売を神戸元町で続けました。

　さらに福太郎は、趣味を通じた登山具店「元町スポーツ」や、神戸ポートタワーでのおみやげ店、高級ハンドバッグ専門店「いなみ」など、多様な店舗を展開。

　戦後の焼け跡から、前向きな挑戦と努力を重ねた姿勢が、当社の再建を力強く支えました。

　1968年、大上鞄店は「株式会社大上鞄店」として法人化され、企業として新たな一歩を踏み出しました。

　二代目・大上福太郎の長男、大上博文は、父の勧めにしたがい、学生時代から英語とフランス語を学び、欧州十数か国をはじめ、アメリカ、カナダへの渡航を重ねました。

旅を通じて異文化に触れ、世界の価値観を学ぶことは、創業者大岩宇吉の冒険心を受け継ぐものでした。

　やがて博文は三代目として、欧州の鞄メーカーやメゾンと直接交渉を開始。

当時の国内ではまだほとんど流通していなかったラグジュアリーブランド製品を直輸入するほか、本邦大手商社の輸入代理も手掛け、日本市場に新たな価値をもたらしました。

　世界の一流品と職人文化に触れることで、私たち自身のものづくりもまた磨かれていきました。
この時代に培われた国際的な美意識は、今も私たちの製品づくりに息づいています。

　平成に入り、1992年に大上福太郎、続く1994年に三代目の大上博文が相次いで他界。

その後、博文の妻・大上好子が四代目の代表となりました。

　翌1995年、阪神淡路大震災が発生。

当社の事業も深刻な被害を受け、130年以上続く旅と冒険の精神が、途絶える危機に直面します。

　しかし創業以来、時代の変化も戦争も乗り越えてきたように、私たちは再び立ち上がり、事業の再開を決断しました。

震災からの復興は、先人たちの不屈の意志を現代に繋ぐ、大きな転換点となりました。

　2021年、世界的なパンデミックにより社会・経済は深刻な影響を受けました。

　しかし、長く続く人生や旅の中で、困難は決して避けられるものではありません。
私たちはこの局面を「停滞」ではなく「未来への布石」と捉え、神戸元町本店の大規模改装を断行しました。

長年お客様に親しまれてきた店舗を、さらに現代的で機能的な空間へと一新したのです。

　戦争、震災、疫病…変化と逆境に立ち向かい適応し、次の時代への活路を見出す。
この判断は、創業以来130年以上続く、当社の不屈の精神そのものでした。

　私たちは新たな一歩を踏み出し、未来へ繋がる基盤を静かに、しかし着実に築いていきました。